「このコーヒー、やっぱり味が濃いいな…。」
はい、ストップです。
「『濃ゆい』じゃありませんでしたっけ?」と尋ねると、
「え?『濃い』じゃないんですか?」と三人目。
「濃い」「濃ゆい」「濃いい」。
一体どれが正しいのでしょうか?
結論を先に言いましょう。
正式な日本語は「濃い」です。
ここで問題なのは「どうして『濃ゆい』とか『濃いい』という表現が広まったのか」ということです。
そもそも、「濃ゆい」は九州と四国地方の方言らしいのです。
そういう私は九州出身。やっぱり生まれには逆らえませんね…(泣
でも、「濃ゆい」あるいは「濃いい」という表現にもちょっとだけ利点があります。今日はそのお話をしましょう。
「濃い」という表現に、いろいろな接尾辞をつけてみましょう。
+さ = 濃さ
+すぎ = 濃すぎ
+そう = 濃そう
+め = 濃いめ(まれ:濃ゆめ) ←これだけ例外!
「形容詞の語幹+め」を並べてみると、例外感が際立ちます。
大きい → 大きめ
小さい → 小さめ
古い → 古め
新しい → 新しめ
濃い → 濃いめ
「形容詞の語幹+め」のルールを守れば、「濃め」になるはずですが、なぜか「い」を残して接尾辞をつけるという例外が発生しています。
続いて、若者言葉(大阪弁由来)ですが、形容詞の途中に「っ」を入れて、強調した表現を見てみましょう。
早い → はっや!/はやっ!
遅い → おっそ!/おそっ!
小さい→ ちっさ!/ちいさっ!
薄い → うっす!/うすっ!
濃い → こっゆ!/こっ!orこゆっ!
次も若者言葉ですが、音を「エ音便化(仮名)」して強調する表現を使ってみましょう。
この文法規則は、語幹の一番後ろの音によって、活用が変化します。
「ア行音+イ = エ行音+エ」のタイプ
早い → はええ
小さい→ ちいせえ
「オ行音+イ = エ行音+エ」のタイプ
遅い → おせえ
重い → おめえ
「ウ行音+イ = イ行音+イ」のタイプ
薄い → うしい
暑い → あちい
「オ行音+イ = エ行音+エ」の例外
濃い → ×けえ ○こいい (オ行音+イ = イ行音!?)
ここでも「濃い」は例外表現として扱われています。
ここまで見てきて、「濃い」という形容詞の例外性が見えてきましたか?
この特殊性は、「濃い」という形容詞が、『一音語幹の形容詞』であるという点に由来します。
実は、『一音語幹の形容詞』はほとんどありません。
おそらく、「いい」「ない」「酸(す)い」「濃い」「憂(う)い」の五種類だけです。
このうち、「憂い」は「物憂い」で代用され、「酸い」も「酸っぱい」で代用されるのが一般的です。
つまり、「いい」と「ない」を除けば、今日まで生き残った、唯一の『一音語幹の形容詞』なのです。
この性質から、「濃い」という形のまま、通常の形容詞に与えられる「新しい活用(若者言葉)」を適用すると、例外が生じてしまいます。
この厄介な性質に気づいた若者たちの間で、方言に由来する表現、「濃ゆい」「濃いい」は歓迎されることになります。
これによって、「コ(語幹)+イ(活用語尾)」だった『一音語幹の形容詞』が、「コユ(語幹)+イ(活用語尾)」あるいは「コイ(語幹)+イ(活用語尾)」という、一般的な形容詞へと変換できるからです。
「濃ゆ」を語幹として使えば、冒頭で確認した接尾辞にも対応することが可能です。
+さ = 濃ゆさ
+すぎ = 濃ゆすぎ
+そう = 濃ゆそう
+め = 濃いめ(まれ:濃ゆめ)
さらに、若者言葉にだって対応できます。
+っ = こっゆ/こゆっ
+エ = こいい(ウ行音+イ = イ行音+イ のタイプ)
こうして、方言を吸収した若者言葉からの逆輸入によって、「濃ゆい」あるいは「濃いい」という表現がゆっくりと浸透しつつあるのだと思われます。
まぁ、結局間違った日本語ではあるんですけどね(苦笑
九州人として、「濃ゆい」が「酸っぱい」と同じくらい一般化することを祈ってみることにします。いつか辞書にも載りますように!