コトバ探求

毎日使う日本語が、あなたと誰かを繋いでる。 ほんのちょっとだけ丁寧に、言葉を選んで話しましょ?

「進化」という言葉のゆるやかな進化のはなし

商品のキャッチコピーを作るのはたいへんな作業なんでしょうね。

他社の商品よりも飛び抜けて優れていることを伝えたいために、いろいろな表現が使われてきました。

 

新時代の〜、次世代の〜、進化した〜、未来の〜

 

一時期はなんでも「i」をつけてみたり、また時間が経てば「e」の方が流行ったり、とりあえず「2.0」と言ってみるなんてことも横行したものです。いやはや懐かしや……

 

今日はそんな中でも根強い人気のある「進化」という表現についてお話しします。

 

何を隠そう「進化した」という言葉には、良い評価も悪い評価も含まれていません。

「進化していれば優れている」そう思ってしまっていませんでしたか?

 

進化の対義語は?

進化の対義語を答えてください。

 

そうですね、みなさんそう答えると思います。

「退化」ですよね。

 

進む変化が進化なら、退く変化が退化です。

しかし本当にそうでしょうか?

 

たとえば人類はその歴史の中で尻尾を退化させています。

つまり尻尾について言えば、猿から退化した種とも言えますね。

逆に言えば、もしこれから人類が尻尾や体毛を獲得したら、それは進化ということに……

 

気づきましたか?

私たちはなんとなく、進化は「望ましい方向」にあると思ってしまい、退化は「望ましくない方向」にあると考えてしまっています。

 

evolutionの由来

なぜそういう考えになってしまったのでしょうか。

その問いに答えるためには、とても長く正確な解説が必要になるので、ここではあくまで言葉の語源をたどりながら、簡単に整理してみましょう。

 

そもそも進化という言葉は、直接evolutionの訳語として生み出された比較的新しい言葉です。

つまり日本語には存在しなかった概念で、現代社会でこんなに受け入れられているのは驚くべきことだと言っていいでしょう。

 

その一方、進化の本当の意味を探るためには、英語の語源を辿らなくてはなりません。

ほんとうは日本語ブログなんですけどね、仕方ないのでやりましょう。

 

evolutionはevolveの名詞形なので、evolveの語源が重要です。

eは「外側へ」という方向を意味する接頭辞です。たとえばeruption(噴火)やevent(出来事)のeも同じ語源を持ちます。

volveの方ですが、involve(含む・巻き込む)やrevolution(革命)などと同源で、特にinvolveはほとんど大義的な接頭辞in(内側に)を持ちます。

つまり本来のevolveは「内側に巻き込まれていたものを外側に開き出す」という意味です。ちょうど巻物を開くような動作を指す言葉と理解して良いでしょう。

 

「開き出すこと」が「進化」になった理由

「開き出すこと」と「進化」という二つの意味の間を繋いでいるのは、キリスト教的な考え方です。

その昔、生物は神様によってデザインされたと考えられていました。つまり生物が不完全な状態で生まれて成長してゆくのは、神様の設計図を紐解くような過程だと解釈されたのです。

 

これと同じように生物種の時代変化も、神様の設計図を少しずつ巻物のように進んでいると考えてみましょう。

キリンの首が伸びていったのも、まさに「開き出すこと」に他なりませんね。

 

進化論の進化と「開き出す」進化

そこで問題になるのが、ダーウィンの進化論が神様のデザインを前提にしていないことです。

日本語で「進化」という訳語が登場するきっかけになったのは、他ならぬ「進化論」ですから、日本語の「進化」は「進化論」の「進化」と一致しているべきでしょう。

 

ではダーウィンの進化論では進化とはどういう意味だったのでしょうか。

 

今では広く知られている通り、ダーウィンの進化論には「決まった正解」がありません。

様々な変化と多様性を生み出して種の保存を図り、自然淘汰の結果特定の形質が残ったとき、それを「進化」と評価します。つまりキリンは生き残るために首を長くした(あるいは長くなるべく生まれた)のではなく、首の長いキリンが生き残った結果、数世代後には全体に首が長くなったと考えるのです。

 

つまり「進化」は自然淘汰が終わった結果の評価であって、なにか優れたものを獲得するとか、より強く優れた生物種に変貌することを意味していません。

 

退化は進化の一種で対義語ではない

そうなると、退化も進化の一種ということになります。

人類が尻尾を失ったり、モグラが目を失ったり、馬が指を無くして蹄になったのも、退化という進化だったのです。

 

すると進化の対義語がなくなってしまいますね。

困りましたね……まさに「淘汰」が対義的な性質を持ちますが、あるいは「不変」とかも対義的なのかもしれません。

 

まとめ

進化という言葉は「進化論」が日本に紹介された際、evolutionの訳語として作り出された言葉です。それゆえ「進化論」的な進化の意味で使うのが正確な理解ではあります。

しかし一般には古くからの宗教的世界観の影響で「優れた能力を獲得した状態へ変化すること」を意味しがちです。もちろんこの用法も広く受け入れられているので、誤用というわけではありませんが、意味の微妙な違いは知っておいて損はないでしょう。

文脈やシーンによって「進化論的進化」と「進歩」「発展」「飛躍的成長」などといった表現を使い分けられると、物事の捉え方も少しだけ違ってくるかもしれません。