コトバ探求

毎日使う日本語が、あなたと誰かを繋いでる。 ほんのちょっとだけ丁寧に、言葉を選んで話しましょ?

ぞっとする?ぞっとしない?

ホラー映画の演出について話していたときのことです。

 

「海外ホラーって、なんていうか、ぞっとしないんだよね。」

 

そう自分で言ってから、思わず首をかしげました。

『ぞっとしない』って、何か別の意味がありませんでしたっけ?

 

今日は『ぞっとする』と『ぞっとしない』という、非常に紛らわしい表現についてのお話です。

 

『ぞっとする』という表現は、よく親しまれています。

怖い話や、恐ろしい事件などを目にしたり耳にしたときに、恐怖心から思わず体が身震いするような悪寒を覚えたとき、その感覚を『ぞっとする』と表現した言葉です。

 

 このことばを否定すれば、『ぞっとしない』という言葉になって、「体が身震いするような悪寒を覚えない」という意味になる気がしたのですが…口に出したら何か違っているような気がしました。

 

そこで、辞書で調べてみたんです。

 

ぞっとしない

感心しない、嬉しくない。

 

ほら、何か違う意味があるんですよ。

 

「それはぞっとしない話だね。」

 

と言うと、

 

「それはあまり感心しない話だね。」

 

という意味になるんです。

 

…それなら、逆に、『ぞっとする』ってなんなんでしょうか?

 

ぞっと(スル)

①寒さや恐ろしさのために、全身の毛が逆立つように感じるさま。

②強い感動が身体の中を通り抜けるさまを表す語。

 

つまり、こういうことになります。

 

『ぞっとする』と、肯定形で使うと、「恐怖で毛が逆立ったり、感動が走り抜ける感じ」。

『ぞっとしない』と、否定形で使うと、「感心しない」。

 

…でも、それって困りませんか?

 

たとえば、「全身の毛が逆立たない」と言うためには、どう言えばいいんでしょうか?

あるいは、「感心する」ときには、なんと言えばいいのでしょう?

 

実は、これ、基本的にはどうしようもありません。

 

「感心する」なら、その通りに言うしかありません。「ぞっとしない」は、慣用表現なので、否定形が存在しないのです。

 

また、「ぞっと」も品詞としては副詞に属します。

 

つまり、「すぐ」とか、「とっさに」とか、「そっと」とか、そういう表現と同類の表現です。

それらの言葉を否定してみようとして、すぐに気づくのではないでしょうか?

 

「すぐに電話しない」

「とっさに反応しない」

「そっと渡さない」

 

なんか変ですよね?

結局、否定されているのは、副詞が修飾する動詞の方であって、副詞それ自体を否定することはできていません。

 

副詞それ自体を否定するためには、副詞部分を強調する副助詞を利用する以外に方法がありません。

 

「すぐには電話しなかった」

「とっさには反応できなかった」

「そっとは渡せなかった」

 

この限定の副助詞「は」を利用することで、「ぞっと」を否定できるかもしれないのです。

 

つまり、「ぞっとする」を否定して、「怖さを感じない」と言いたければ、

 

「ぞっとはしない」

 

と言うべきなんです。

 

なんだか喉につっかえた小骨が取れたような気分です。

 

「ぞっとする」

「ぞっとしない」

「ぞっとはしない」

 

それぞれの意味、お分りいただけましたか?